父の闘病と向き合った日々──「後悔はない」と思える、わたしなりの家族との向き合い方【連載Vol.5】
女性が自分自身のからだとこころに目を向け、「今のわたしは、どんな状態なんだろう?」と考えるきっかけを届ける「I’m OK? PROJECT」。本連載では、 I’m OK? PROJECTアンバサダーである梅宮アンナさんのこれまでの経験や、日々の中で感じてきたことを通して、読者の皆さんも「わたしは、大丈夫?」と一歩立ち止まって、自分自身に問いかけてみませんか?
Vol.5となる今回は、父・梅宮辰夫さんの闘病と看取りについて。家族として向き合った日々の中で感じたこと、そして闘病や看取りとどう向き合ってきたのかについて伺いました。
PROFILE
1 幼い頃から感じていた“がんの怖さ”
2 「これが最後かもしれない」——“最悪のケース”を想像することで、自分を保っていた
3 家族との距離感に、“正解”はないと思う
幼い頃から感じていた“がんの怖さ”
I'm OK?編集部:お父さまのご病気について、子どもの頃に印象に残っていることがあれば教えてください。
梅宮アンナさん:小学校低学年の頃だったと思うのですが、父に「ここ(左胸あたり)を押してごらん」と言われたことがありました。触ってみると、すごく硬いボールのようなものがあったんです。それが、以前がんだった場所だと教えてもらいました。
そのがんについては、手術はできなかったそうですが、放射線治療と抗がん剤が効いたと聞いています。治療の話もよく聞いていたので、子どもながらに、「がんってこんなに怖いものなんだ」と感じたことを覚えています。
父はその後も何度も大きな病気を経験していて、手術や治療を繰り返してきました。そんな父のそばにいた私にとって、「病気」というものは、子どもの頃から身近な存在だったように思います。
「これが最後かもしれない」——“最悪のケース”を想像することで、自分を保っていた
I'm OK?編集部:お父さまの晩年の闘病生活について、特に印象に残っていることを教えてください。
梅宮アンナさん:がんの治療も大変だったと思いますが、父の様子を見ていると、人工透析の方がつらそうに見えました。
父は、腎臓がんの手術で片側の腎臓を摘出しています。残った腎臓がうまく機能していなかったようで、人工透析が必要になりました。
透析では長い時間をかけて体の水分を抜くので、終わる頃にはものすごく消耗しているんです。帰宅後、ぐったりしていることも多くありました。翌日は体力を回復させるために休み、その次の日はまた透析に行く、という繰り返しの日々です。
父が「こんな人生、何が楽しいんだろう」とこぼしたことがあって、その言葉は今でも強く印象に残っています。そばで見ていて、本当に胸が痛みました。
I'm OK?編集部:そうした闘病生活の中で、特に心に残っている出来事はありますか?
梅宮アンナさん:特に印象に残っているのは、父を手術室へ見送る時です。車椅子に乗った父を手術室の前まで送る度に「これが最後になるかもしれない」と思うようにしていました。
そう思っていないと、後で自分が耐えられなくなる気がして。だから、「最悪のケース」を想定するようにしていました。「もしも」を考えておくと、いざという時も少し落ち着いていられる気がしていましたし、手術が無事に終われば、その分「よかった」と思える気持ちも大きくなります。それが、自分なりの向き合い方だったのかもしれません。
ただ父も高齢でしたし、「これが最後かもしれない」と思いながら見送るのは、何度経験しても慣れるものではありませんでした。
I'm OK?編集部:闘病生活の中で、ご家族として感じることも多かったのではないでしょうか。
梅宮アンナさん:闘病生活の中では、これまでの父とは違う一面を見ることもあって、それもまたつらい部分でした。
もともと優しかった父が怒りっぽくなったり、会いに行っても「何しに来たんだ」と強い言葉を投げられたりすることもありました。元気な人を見るのがつらくなる、という気持ちもあったのだと思います。
「どうしてこんなふうになってしまうんだろう」と戸惑うこともありましたし、どう接するのが正解なのか分からなくなることもありました。でも、それも含めて闘病なんだと、少しずつ受け止められるようになっていきました。
また、入院や体調の変化が続く中で、「この状況がいつまで続くんだろう」と感じることもありました。父のことが心配な気持ちはもちろんあるのですが、一方で、家族として気持ちが追いつかなくなるような瞬間もあって。
そうした自分の気持ちに戸惑うこともありましたが、「そう感じてしまうのも無理はないのかもしれない」と思うようにしていました。
家族との距離感に、“正解”はないと思う
I'm OK?編集部:お父さまの闘病を支える中で、何か後悔しているようなことはありますか?
梅宮アンナさん:実は、父が亡くなる数日前に大喧嘩をしたんです。そのあとも口をきかないまま、お別れになってしまいました。
でも、不思議と後悔はないんです。「あの時仲直りしておけばよかった」とは思わなくて、むしろそれが私たちらしい最後だったのかなと思っています。
父とは普段から本音でぶつかり合う関係でしたし、言いたいことを言い合ってきました。そういう関係だったからこそ、「もっとこれをしてあげればよかった」という気持ちはあまりなくて。その時その時で、自分なりにできることはやってきたと思っています。だから、後悔はないのかなとも思います。
I'm OK?編集部:ご家族の闘病を支えている方や、これから介護や看取りに向き合う可能性がある方へ、少しでも支えになる考え方があれば教えてください。
梅宮アンナさん:家族との向き合い方は、人それぞれだと思います。「後悔したくないから一緒にいる時間を増やしたい」という人もいれば、私のように近くにいるからこそ、あえて少し距離をとることでバランスを保つ人もいると思います。「こうあるべき」と決めつけられるものではなくて、それぞれに合った向き合い方があるのかなと思っています。
ただ、気を遣いすぎると、相手にとっても負担になってしまうことがあるのかなとも感じています。なので、「病気だから」「高齢だから」と特別扱いするのではなくて、これまでと変わらない関係でいることも、一つの在り方なのかもしれません。
また、「もっとしてあげればよかった」と感じる方がいるかもしれませんが、そうやって自分を責める必要はないのかなと思います。その時その時で、誰もが精一杯向き合っているはずなんです。自分なりに向き合ってきた時間があれば、それだけで十分ではないかなと思います。